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過去のエッセイ1
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| ■■■子供の時間 大人になって、ふと子供の頃に遊んだ場所を訪れてみると、その空間が驚くほど小さく狭いことに驚かされることがある。それは大人と比べて物理的に小さな子供が、空間、外界を相対的に大きく見るからだろうか?それだけではないように思う。 時間も大人と子供では違う流れ方をする。子供の頃の時間はゆっくり流れ、24時間が何倍も長かったと思う。どうして?全てに未知のことが多い子供は、外からの刺激、自らの好奇心に触発されて、日々多くのことを自然に吸収し尽くそうとする。それにより密度の高い時間が生まれるからか?もっとも大人にしても時計の針のように時間は一定には流れていないが。 こんな事を聞いたか読んだことがある。「いろいろな楽しい出来事がある時は、時間あっというまに過ぎ去る。しかしいやなことがあるときは、時間が長い。だが後で振り返ってみると、思い出として多くを残した時間が、長い時間として認識される」と。 ともかく心で感じる時間は一定には過ぎていかない。もっとゆっくりと思う人。早く過ぎ去ればと思う人。どちらにせよ時間は間違いなく過ぎる。そんな中で日常ささやかな行動をもっと大事にと思う。だって人生では、平凡で、ささやかな時間が最も長いのだから。 これを家族に読ませたらきっとこう言う。「みんなを一度も旅行に連れて行かないパパの屁理屈だ」と。 |
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| ■■■雪 仕事を終えての帰りの経路は、車で山形長井市から米沢を抜け郡山へ。郡山から先はいつも利用している新幹線で東京まで向かう。車で米沢から福島へでるには、栗子峠を越えなくてはいけない。米沢へ入り峠へ向かう途中より雪が降り出した。今年見る初めての雪だ。米沢はかなり
家族が一部屋のこたつに集い、時折窓を開けて雪の状況を確認する。降りしきる雪を見て「困った 困った」と言いながらあまり困っていない。たしかシュティフターという作家の「水晶」という短編があった。風のない晩に雪が垂直に舞い落ちてくるシーンのあまりにも美しい宗教的なくだりを思い出した。 私は美しい街並みの水彩画を描くのが好きだが、雪景色がぜんぜん描けない。白という色であり色でない純粋無垢の反射の現象は、筆にとってあまりに難しい。 |
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| ■■■ちょっと遅くおきた朝は 仕事が休みの朝、ゆっくり新聞を読み遅い朝食をとる。ごはん、納豆、玉子焼き、ぬか漬けのおしんこ、塩のふいた脂ののった塩鮭、海苔 いつも休みの日の朝の朝食は決まっている。そして玉子焼きは、私が必ずつくる。一般には砂糖、みりんを入れて作るのだろうが私の場合は、絶対に醤油のみだ。砂糖は絶対に入れない。これは子供の頃からの環境からそうなった。砂糖を入れるとお菓子みたいで嫌いだ。鉄のフライパンをよく熱して、油を入れる。テフロンと違って、サーッと油が鉄にしみ込むように馴染んでいく。これが好きだ。私の玉子焼きは、中がふんわりと、そして生のような卵の黄身が流れ出さない、出来映えのいい玉子焼きだ。かなり練習した賜だ。(テフロンでは私はできない) 子供の評判はいたって良い。私の玉子焼きが出来上がると、即朝食になる。そういう風に段取りしてある。 ともかく腹の減った時の朝ご飯は、最高においしい。どんなディナーにも負けない。私は、ちょっと遅くおきた時の朝ご飯が、一番好きだ。 |
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| ■■■小学校の学芸会を見に行った。 1年生から6年生まで全て見てしまった。すぐに娘だけ見て帰るつもりだったのだが、そうはいかなかった。正直心惹かれてしまった。すべて良かった。その中で6年生の歌を伴った劇は圧巻だった。少年の唱う透き通った声の無伴奏のアリア。(途中に拍手が起こる演技だった。)大らかで語尾のはっきりした発声の少女の演技。悪と正義の歌が、ぶつかり合う合唱。(それがまるでバッハのカノンのように聞こえた。)「悪にうち勝つためには皆さんの歌声を」と父母達の参加まで求めた演出だった。「君の手と僕の手を かたく握り 分けあおう 僕たちのこころのぬくもりを♪」。(私も唱った。ちょっと恥ずかしいので、できるだけ太い柔らかい声で唱った。ちょっと涙腺がゆるんでしまった。)もちろん荒削り、稚拙の演技なのだが、会場は静まりかえり、観客の心を捉え、だれもが子供達の内なる才能を感じた。どうしてお決まりの学芸会が、こんなにも感動を与えたのか?きっと子供達が心の中に素敵な動機付けを見つけたのではないか?そして子供達は、私たちの大人のように始めからこれは無理だという困難な枠からの出発点の中には生きていないからではないか?。それは私たち大人の範疇だ。テーマを与えのびのびと表現する場を与え、寛大で適切な助言をもって指導すれば、予想以上の力を発揮するのだ。たぶん先生方の指導も良かったのだと思う。 今子供達の行動及び精神、情緒的荒廃が叫ばれている昨今、この演技を見て私はほっとした。 追記:劇の名前は「魔法を捨てたマジョリン」です。 |
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| ■■■ ぼくは、少年時代の一時期を東京の下町(人形町)ですごした。商店街の通りに面した住まいで、肉屋と乾物屋にはさまれていた。通りの裏は、行き止まりのかなり狭い路地になっていて、小さな空間が、みんなの専用の社交場になっていた。「猫が屋根から落ちた。着地できなかった」などとたわいもないことを皆で集まってしゃべってる。ぼくが階段から転げ落ちると、音を聞きつけ、助けに来てくれる。コロッケのできたてを、紙に包んで手渡してくれる。そんなとこだった。裏戸はみんな開け放しなので、となりのことは、筒抜けだった。ぼくは表通りをほとんど覚えていない。この路地裏の記憶しかない
社会は「便利」に向けて進むことを余儀なくされているが、それは人を忙しさへとさらに押しやる。でもしかたない。でも生活のささやかな過程を意識して楽しむことはできるはずだ。 |